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伝統芸能の継承
上質で多彩な鑑賞
開催レポート
伝統芸能
能楽

新春恒例、本格的な能楽公演
グランシップ静岡能(観世流)
弁慶の機転ある行動が見どころの「安宅」と、高貴な女性の嫉妬が怨みになる「葵上」を上演

日時 2019年1月27日(日)14:00~(開場13:30)
会場 中ホール・大地
料金 【直前割引実施中】
一般5,100円 ⇒ 4,080円
こども・学生1,000円 ※こども・学生は28歳以下の学生。未就学児入場不可

★当日券は1/27(日)13:00~中ホール前にて販売します。
主催 公益財団法人静岡県文化財団、静岡県、静岡県能楽協会、静岡新聞社・静岡放送
問合せ グランシップチケットセンター TEL.054-289-9000


「葵上」撮影:前島吉裕

「安宅」撮影:前島吉裕

観世流能楽師による本格的な能楽公演。
グランシップで、2020年に向けて日本の魅力ある文化に多くの方に触れていただけるよう、「日本を知ろう!」をテーマに日本の伝統芸能を多角的に紹介しています。
今年度最後を締めくくるのは、能楽の演目がのちに歌舞伎や文楽でも上演される事例に注目し、文楽の三大名作として知られる「義経千本桜」に関連した演目をお届け。能「安宅」は、源義経・弁慶一行が奥州に落ちる途中、弁慶が機転をきかせて難局を乗り切る場面が見どころ。「安宅」は、歌舞伎では「勧進帳」の名で上演され、文楽では「鳴響安宅新関」という演目となっています。能「安宅」は登場人物が多く、迫力ある動きに目を奪われます。

「葵上」は、源氏物語でよく知られるように、葵上に対する六条御息所の嫉妬と情念が描かれています。病に伏せる葵上が、人物ではなく小袖で表現される能らしい演出で始まります。
それぞれに戦う場面がありながらも、その対象や表現方法が異なり、気の抜けない展開で能の魅力をたっぷり味わえる公演です。


能「安宅」 シテ 観世芳伸
 「葵上 古式」 シテ 山階彌右衛門

狂言「樋ノ酒」 三宅右近



★公演当日、お着物でご来場の方に先着でプレゼントをご用意しています!



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【御殿場・三島発!らくらくバスツアー】 ※バスツアーの申し込みは終了しました
「季節の三段重ランチ付き!久能山石垣いちご狩りとグランシップ静岡能 公演ツアー」

出発日:1/27(日)
旅行代金:お一人様15,980円(昼食代、チケット代、バス代、体験料含む)
◆行程
御殿場市民会館(7:30発)⇒御殿場駅(7:45発)⇒三島駅(8:30発)⇒久能山石垣いちご狩り⇒こっこ庵⇒ザ・ガーデンシティオ(昼食)⇒「グランシップ静岡能」鑑賞(14:00~)⇒三島駅(18:45頃着)⇒御殿場駅(19:30頃着)⇒御殿場市民会館(19:45頃)
最少催行人数:28名(添乗員有)
<旅行企画・申込み>御殿場総合サービス TEL.0550-88-5771
チラシはこちら

「安宅」(あたか)

平家討伐に最も勲功のあった源義経も、兄・頼朝から疑いをかけられ、追われる身となります。偽山伏に姿を変え、奥州を頼んで落ち延びようとする義経主従の一行を、頼朝は国々に新しく関所を設けて取り締まろうとします。加賀国・安宅には、富樫某(ワキ)が下人(間狂言)とともに関所を守っています。

義経(子方)、武蔵坊弁慶(シテ)、伊勢の三郎以下の一行は、都を出てやっと安宅にたどり着きますが、関のあることを聞いて、強力(間狂言)に様子を見にやらせます。しかし、なかなか用心が厳しいので、弁慶は策を案じ、義経を強力に仕立てて、南都東大寺勧進のための一行だと言って通ろうとします。

富樫は一人も通さず斬殺すと言うので、弁慶はそれでは仕方なく討たれようと、最期の勤行をしますが、山伏を殺せば天罰が当ると威嚇するので、富樫某は少しひるみ、東大寺勧進の為ならば「勧進帳」があるはずと、弁慶に読むようにと言います。勧進帳など持っている訳はありませんが、弁慶は巻物を勧進帳と偽って読み上げ、いったんは関所の通過を許されます。しかし、強力姿に変装した義経が見咎められてしまい、弁慶のとっさの機転で、足弱なため疑われるのだと罵り、金剛杖で散々に打ち据え、義経を立たせて行こうとすると、富樫が詰め寄るので、笈に目を付けられるとは、盗人ではないかと一行も富樫に詰め寄り、刀に手を掛けます。

その場を逃れ危機を脱した一行は、山陰に憩い、主君の不運に涙していると、富樫が後を追って、先刻の非礼を詫びるため酒を持って現れます。一同は酒宴となり、弁慶は主君の延年を祈って舞を舞い、富樫に暇を告げると一行に先を急がせ、陸奥の国へと下って行くのでした。

「葵上 古式」(あおいのうえ こしき)

左大臣(現在の首相)家の娘で、光源氏の正妻・葵上は、物の怪に悩まされ、高僧たちの祈祷も空しく病床にありました。臣下(ワキツレ)は物の怪の正体を知るため、「梓弓」の名手である照日の巫女(霊媒師・ツレ)を招きます。巫女が梓弓を鳴らしながら招魂の呪文を唱えると、火宅の門をでることができない(嫉妬心を捨てきれない)身を嘆きながら、破れ車に乗った貴婦人姿の生霊(シテ)が現れます。巫女と臣下が名を問うと、生霊は六条御息所と名乗り、人生は短く儚いのに、どうして浮き出てしまったのだろうと独り呟きます。そして皇太子妃として栄華を誇っていた頃を懐かしむと同時に、容姿も衰え、源氏の寵愛をも失ってしまった身を嘆きつつ、燃え出した嫉妬の怨みを晴らすために現れたと告げます。そして葵上への怨みを述べていくうちに生霊の執心は益々募り、遮ろうとする巫女を振り切って葵上を打ち据え、破れ車に乗せて連れ去ろうと言い残して姿を消します。(中入)

臣下は、一大事と従者(間狂言)に命じて、比叡山の高僧である横川の小聖(ワキ)に生霊退治を求めます。小聖が祈祷を始めると、鬼女に変じた六条御息所が打ち杖を持って再び現れ、更に祟りを為そうとします。それを防ごうとする小聖の間で激しい争いとなりますが、遂に祈り伏せられ、心を和らげて成仏します。

狂言「樋ノ酒」

まず主人が二人の家来を呼び出し、太郎冠者には米蔵を、次郎冠者には酒蔵の番をするように言いつけ、出かけて行きます。
はじめのうちこそ別々の蔵で大人しく留守番をしている二人ですが、酒蔵を預かった次郎冠者は、こっそりと酒の盗み飲みを始めてしまいます。その様子を米蔵の窓からのぞいていた太郎冠者も酒が飲みたいと言い出すので、次郎冠者は、蔵から離れることができない太郎冠者のために、雨どいに使う「樋」を窓越しに通して、太郎冠者に酒を飲ませます。
しかし酒を樋で飲むとは窮屈なものと、太郎冠者は預かっていた米蔵を放り出して酒蔵に集い、二人して酒宴に興じます。そこへ用事を終えた主人が帰ってくるのですが・・・
題名の示す通り、長い樋に酒を流して飲ませる仕草が見どころの狂言ですが、酒宴の楽しさを盛り上げる狂言小舞も、本曲の大きな特色です。

開催レポート

1/27(日)は「グランシップ静岡能」へ。~能「葵上 古式」の“古式”って何?~

2018年12月19日(水)

毎年1月の恒例として開催している「グランシップ静岡能」。2019年は観世流能楽師による能「安宅」と「葵上 古式」を上演します。
今回は、能「葵上 古式」についてご紹介。
能「葵上」は、源氏物語を題材に構成。光源氏の正妻、葵上が源氏の愛人の六条御息所の嫉妬と怨念で病に伏せてしまうお話です。

今回、「グランシップ静岡能」で上演される演目には“古式”とついていますが、こちらはどういったことなのでしょうか。
“古式”では、「破れ車」と「青女房」が出るということが現行と大きく異なる点。謡や型が大きく異なることはありませんが、演出としてはっきりとしたものが視覚的に入ることで、お芝居としての魅力が高まります。
舞台ではよく、「ここに、これがあることとしましょう」という舞台と客席の暗黙の了解でストーリーが進むということがありますが、初めて観る方や、古い言葉が聞き取りにくく難しいという方には、こちらの方がより分かりやすくなるかもしれません。

「葵上」では、葵上本人が人物として登場するのではなく、舞台上に置かれた小袖で表現されており、その小袖が無抵抗のまま物の怪に取りつかれて苦しんでいる様子が表されています。舞台上のものや人物で物語が表現される一方、登場人物の内面の感情や深みは能楽師からにじみ出てくるものとして、客席のみなさんは想像力を働かせてみるのが鑑賞の醍醐味かもしれません。

女性ならではの感情、やり場のない辛さが募る御息所に対して、観客は怒りではなく憐れみを感じてしまうのも不思議なところ。
演目名は「葵上」ですが、六条御息所の嫉妬や自己承認欲などの複雑な感情、最後には怨念に支配されていた悪心が消滅していくという御息所の心の変化を表した作品です。

誰もがどこかに持っている負の感情を、敢えて作品にすることも能楽らしい切り口。
お芝居を楽しむ気持ちで、気軽にグランシップで能楽を楽しんでみてはいかがでしょうか。

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